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しかし、現実と理想は酷く懸け離れたものだった。
先輩に会えば会うほど、惹かれれば惹かれる程綺麗な小説になるどころかますます歪んでいった。
やはり少し前まで灰色の世界にいた僕には誰かに夢や希望を与える小説を書く
なんて烏滸がましいことだったのかもしれない。
もう…辞めようか…
そう考えるようになっていた頃だった…
「どうした?東雲。この世の終わりみたいな顔して。」
「…いえ、なんでもありません。」
「そうか。でもお前この部活やっぱ詰まんないんだろ?」
「そっ…そんなことないです。ただー…僕には…先輩みたいな才能が…なくて…」
「ぷっ、アハハハ」
シーンと静まり返っていた教室に先輩の笑い声だけが木霊した。
「…なぜっ……なぜ笑うんですかっ!!僕は真剣なんですっっ!!」
人が真剣に話していたのに突然笑われて、いつの間にか声を荒げて叫んでいた。すると先輩は静かに続けた。
「才能か…俺に才能なんてあるわけないだろ?あったらこんなに苦労なんてしないんだろうな…」
彼は自らを少し嘲けるように笑った。
「俺はいつも精一杯だよ。精一杯小説のことたげ考えて、時に煮詰まってさ…やっとのことで書き上げてる。才能なんてないよ。」
「……」
先輩は優しく微笑んで僕の頭の上にポンッポンッと軽く手を置いた。
「誰かのようなー…何て考えるな、お前の書きたいように自由に書けばいい。それを咎める権利は誰にもないよ。」
「……っ」
自然と涙が頬を伝って落ちた。
今まで感じていた劣等感が綺麗に洗い流されていくような気がした。
「無理はするなよ」
それは僕が一番欲しかった言葉だった。
それを彼はこうも容易く僕に与えてくれた。
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