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「大崎 遠矢(おおさき とおや)」
と、彼は名乗った。
大学の頃からマーケティングに興味を持ち、バイトがてら色々と実践を積み、卒業と同時に小さな会社を起こしたらしい。
「若いのに、凄いじゃない!」
「社員も大半が大学の頃からの仲間で、社長っていっても、 ヒラみたいなものですよ」
それでも、独立しようと立ち上がったアンタは偉い。
「社長だからって、金持ちになれるわけじゃないんですよね。
仕入への支払いと、少ないとはいえ社員に給料払って。
あんまり色々出てくから一人暮らしする金も勿体無くて、結局実家暮らしです」
「いやいや。ちゃんと会社のこと考えてのことなんでしょう?
ウチの社員に見習わせたいくらいよ」
営業が仕事とってこないと、社員の給料が出ないことなんて、当たり前のことが分かってない。
自分の売上がなくても、どうにかなるや~と、気楽に考えてる莫迦どもが多過ぎる。
さもなくば、自分のプライドの為に売上は上げるけど、全然利益の無い奴。
みんなそんな考えでいたら、いつか給料が貰えなくなるってことに、早く気づいて。
社長がポケットマネーを出してまで、稼ぎの悪い社員たちに給料を支払ってくれるわけはないんだから!
そうやって、いつもイライラしてる。
ホントは何もしない経理なんて解雇して欲しい。
私の給料は今のままでも良いから。
そんなことしなくても、私は、私を必要としてさえくれれば、どんな仕事だってするから…。
ー私、どれだけ飢えてるんだろう?ー
ふと、自己嫌悪に陥る。
「那津さん、遠い目になってる」
「え?!」
「さっきの顔。本読んでる時にも、たまにそんな顔してますよ。
読んでる途中に、ふぅって顔上げて、車窓の外見て、なんか寂しそうで」
「ほ、ホントに良く見てるわね……」
確かに言われて見れば、良く出てくる表情だ。
本の登場人物と自分を比べて凹んだり、先のことを考えてて不安になった時の顔。
やるせ無くて、心許なくて、自信が無くて、弱い自分の素の表情。
「ほら、また」
助手席から手が伸びて来て、そのまま頬を包むように止まる。
じわり、と、心の中で、何かが染み出して来るような感じ。
「無防備すぎ」
「え?」
目の前にある、悪戯っ子のような笑顔。
声は押し付けられた唇によって遮られた。
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