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「おはよう、那津さん」
「…おはよう」
2月14日。
電車を待つ列には、既に彼が立っていた。
電話しているウチに、自分に都合の良い夢でも見ているんじゃないか?とも思ったのに。
彼は、あんなキスををしてくるとは思えないほど爽やかな笑顔で私を待っていた。
「ちゃんと この車両に来てくれたんだ」
「この時間のが、一番乗継に便利だから…」
「良かった。避けられたら、どうしようかと思いました」
そんなことを言っている割に、その顔は満面の笑顔。
おかげで、こちらの心臓かドキリと大きく跳ねる。
やってきた電車に乗り込みながら、なんとか体裁を整える。
「べ、別に。大崎君が居る、居ないは関係ないよ。ホント、この時間逃すと、20分後だから」
「わかってるけど。でも、車両も変えずに来てくれたでしょう?」
「……べ、別に。あんなの、大したことじゃないし」
"大人なんだから、キスの一つや二つで動揺してられません"と、言外に伝える。
キョトンと目を丸くした彼は、次の瞬間、それはそれは意地の悪い顔をした。
「へぇー。」
わざとらしい声。
でも、その声も、その表情も、とても魅力的で。
ーとらわれるー
まるで無駄の無い肉食獣に目を付けられた、草食獣の気分。
怖いのに、逃げられない。
私達が小声で会話する間も、電車は人を詰め込み都内を目指して進んで行く。
その気は無いのに、どんどん彼の方へと押しやられる。
「っ!!」
ターミナル駅で、どっと人が乗り込んで来て、それまでなんとか踏ん張っていた私は、呆気なく彼の懐に飛び込んでしまった。
「捕まえた」
耳許に落とされる囁き。
彼の右手を背中に感じる。
向かい合ったまま、ぴったりと身体が重なる。
「ご、ごめん!いま、向き変えるから!」
「無理ですよ。ほら、聞こえました?他線の信号トラブルで、この電車も時間を調整するって。
次の駅で、人が流れてきますよ」
「う、」
彼の言う通り、次の駅でドアが開くと、一気に人が雪崩れ込んできた。
「……ぅぎゅ」
せめて彼のコートに顔を付けない様に逸らす。
でも、そのせいで背中が無理にしなってしまった。
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