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「何やってるんですか、那津さん」
「何って、…。だって、このまま顔がぶつかったら、大崎君のコートに、ファンデーションが付いちゃうから…」
「そんな事気にしなくても良いから。それに、那津さんもマスしてるから、化粧なんか付かないでしょう?」
「お・で・こ!私、鼻が低いから、一番最初の接触面は、鼻じゃなくて、おでこ、なの!」
そこまで言ってやると、彼の身体が小刻みに震え出した。
身体が密着しているから、彼の振動がダイレクトに伝わる。
「ぷっ!!」
「っ!」
クスクス笑ったかと思うと、彼の右手が私の後頭部に添えられた。
「良いよ、それでも。那津さんが辛い方が、嫌だから」
「~~~!カシミアのコートが汚れる!」
「っは!もう良いから那津さん。そんなに、俺を笑わせないでくださいよ」
カシミアのコートってところは否定しなかった。
彼の着ているコートは、昨日と同じ。
でも日中の、しかもこんなに近くで見て触れれば、それがカシミアであることが分かる。
私も先日コートを買った際に、どうしようか悩んだから。
一緒に買い物にきていた母に止められたけど、本当は黒のカシミアのコートが欲しかった。
セール対象品で、三万円のものが、二万円になっていた。
彼の着ているそれは、それよりも質が良い。
しっかりめのメイクなんてしてこなければ良かった!
パウダーが付いたくらいなら、払えば落ちるかもしれないけど、リキッドが移りでもしたら、クリーニングに出さなきゃダメかな?
男性物のカシミアのロングコートなんて、一体幾らするの??
金額を考えたら目が虚ろになってきた。
「ねぇ。そのコート、クリーニング出した時、幾らした?」
次の瞬間、電車の中であることを忘れて、彼が笑い出した。
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