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会社のことは、もう決まってしまったこと。
保土ヶ谷部長が言うように、私は今まで以上に頑張らなければならなくなったし、彼はこれをチャンスに、本物の幹部候補となって欲しい。
それは悩んでも仕方ないこと。
涙を流して気持ちをリセットすることができたおかげで、やっと目標が見えてきた。
だけど今度の問いは、一人では決して答えが出ない。
「・・・・ねぇ、那津さん。お腹空きませんか?」
「え?」
「俺、夕食まだなんです」
時計の針は11時を回っている。
「人が良すぎる!
もっと早く言ってくれれば良いのに!」
「那津さんの話を片手間で聞きたくなかったので」
「……ほんとに、人が良すぎるんだから」
もうレジに戻って、彼はドリアのセットを註文した。
私も少し小腹後空いてきたので、何かデザートでもと、ケーキのショーケースを覗き込む。
「あ、」
紅茶のシフォンケーキ、チョコレートブラウニー、シンプルにベリーを乗せたショートケーキ。
ふんだんの苺を乗せた
ナポレオンパイ。
「ナポレオンパイと、紅茶はホットのストレートで良いですよね」
会計途中の彼が、私の顔を覗き込む。
返答に困っている間に、さっさと追加註文をして、支払いを終えてしまう。
「ちょ!?今度こそ お金払うっ!」
「良いですよ。昨日のお返しです」
「ミルクティーも奢ってもらったし!」
「それは、コートの汚れを気にしてくれたお礼です」
トレイを持って歩く大崎君に慌てて付いて行く。
「じゃあ、私が愚痴を聞いてもらったお礼は、どうしたら良いの?」
愚痴を聞いてもらったし、こうして元気付けてくれた。
「那津さんの元気が出たら、それは俺のお陰、ですよね」
「もちろんよ!」
「だったら、笑ってください」
唐突な言葉に、きょとんとしてしまう。
「今日は朝から那津さんの笑顔を見てなかったんで。
怒った顔も、拗ねた顔も、慌てる顔も、驚いた顔も、困ってる顔も、恥ずかしがってる顔も、泣き顔だって見たけど、
笑顔だけは見てないんです」
「………」
私はこんなにも沢山の表情を、会って二日しかしない男性に見せていたのか。
大好きな長編小説を読むように。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、共感したり。
ーもう、手遅れだわー
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