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ナポレオンパイは一人で食べきれずに、半分以上、大崎君の胃袋に収まった。
二人で乗り込んだ終電は、金曜独特の気怠さと、お酒の匂い。
それから、隣からする温もりと、爽やかな香り。
「那津さん、明日の予定は?」
「え?、なにも、ないけど」
質問の意味がわからず彼を仰ぎ見る。
「じゃあ、明日。俺の会社に遊びにきてください」
「土曜日も仕事なの?」
「う~ん、社員は休みだけど、俺は出ないと終わらなくて。
これ名刺」
「あ、」
名刺を差し出されると、反射的に両手で受け取ってしまう。
「やっぱり。
那津さん、ちゃんと新人研修とか受けたクチですよね?」
「新人研修もだけど、名刺の受け渡しは印刷営業士の講習で……」
名刺を見ると住所には隣の区の名前。
「印刷営業士?」
「あ、…….厚生労働省認定の資格なの。印刷会社で、営業を二年以上勤めて、更に10時間程度の講習を受けて。試験に合格すると貰えるの。
特になにに役立つってわけでも無いけど。
紙媒体の印刷の見積なら、結構出来ますよ~って感じの」
「那津さん、営業事務って言ってましたよね?」
ー人のことなのに、この人、本当に良く覚えてるー
やはり社用さんともなると、ヒラ社員とは気の配りようも違うのかもしれない。
「5年間は、バリッバリの印刷営業だったの。
朝七時半の、帰り翌日の二時とか言う。
その時間電車無いから、ほとんど営業車で通勤してた。
土日も休みなんか無くて。好きで出てたきらいもあるけど。
まぁ、車でも一時間かかる所でね。
寝てないと事故も増えるし。
それで、本格的に無理を感じて、今の会社に転職したの」
「それ、俺より男らしい仕事っぷりじゃないですか」
「うん。あの頃は、男性なんかに負けるもんかっ!って、粋がってたし」
それもあるけど。
「私の仕事を、愛していたの」
それは間違い無く。
私の中では、愛だった。
ポツンと呟いた声に、しばし沈黙が流れた。
「って、語りすぎちゃった?」
沈黙に耐えきれなくなった私の腕を、彼が掴んだ。
「那津さん、明日も同じ時間に電車に乗ってきてください」
「え?」
「俺、もっと那津さんの話が聞きたいし、俺の仕事を、那津さんに見て欲しいんです」
凄く真剣な眼差しに射抜かれる。
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