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「ここ3日で、どれだけ笑われたかしら?」
「拗ねないでくださいって。
仕方ないですよ。那津さん、天然ですから」
「・・・・仕方ないの理由が天然って、何の説明にもなってない」
「それが天然の天然たる所以です」
来た道を戻って、再びエレベーターに乗る。
「・・・・おかしい。電気は消したはずなのに」
事務所のドアを前にして、大崎君が警戒の声を出す。
「那津さんは此処で待っていてください」
泥棒、のはずはない。
これだけ何重ものセキュリティがあるビルに、そうそうのことでは侵入できない。
それでは、誰が?
社員の可能性があれば彼は此処まで警戒しないだろう。
彼が私に対して警戒を見せるのは、それだけ相手の予想がつかないか、それとも彼に警戒心を抱かせる人間か。
どちらにしろ私にとっても都合の良い相手ではない。
「何をしている。自分の会社だ。堂々と入ってきたらどうだ?」
扉の向こうから、低く重い声がした。
その一声で分かってしまった。
この扉の向こうに居るのは、心の冷たい人だ。
人の努力を認めず、結果だけで判断する。
いままで何人も対峙してきた、私が一番嫌いなタイプ。
「兄さん」
大崎君の声に反応して、ギリっと奥歯が鳴る。
よりにもよって。
こんなに人に優しく出来る人のお兄さんが。
幼くして一番大切な保護者を亡くした男の子のお兄さんが!
「久しぶりだな。
仕事は順調か?」
「全て報告書の通りです」
初めて聞く、別人の様な大崎君の声。
感情を押し殺した様な硬い声。
「いつまでもそんなところに居ないで入って来れば良い。
それとも。入れない様な疚しいことでもあるのか?」
ぴくり、と小さく彼の肩が揺れる。
「いいえ」
「そうか?
それにしては守衛が言っていたことが気になるが。
それとも、女の一人や二人連れ込もうが、何ともないということか?
育ちが良いとは言えないな」
直接過ぎる嫌味な言い方に、ぶちん、と私の中の何かが切れた。
「行くわよ」
「な、」
名前を呼ぼうとする彼を一瞥で黙らせる。
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