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「乗り物ないのに“墓場”を横断?」
オヤジは日に焼けた顔をぽかんとさせた次の瞬間、
「兄ちゃん、なーにを馬鹿なこと言ってんだ。どうせ北のイネドから川を下って来たばかりで、軽く時差ボケてんだろうが、ん?」
激しい口調で旅路をぴたりと言い当てられて息を呑む男に、オヤジは大仰に右手の方向を指し示してみせ、
「知ってるだろうがもう一度教えてやる。いいか兄ちゃん、ここから南は砂漠だ。“墓場”と呼ばれる砂漠なんだよ」
「そうそう。乗り物なしであそこを渡るなんて、今まで聞いたことないねえ」
かごを頭に乗せた、ふくよかな体格の年配の女が男の傍を通りすぎざま相槌を打って去り、オヤジは「な?」と調子づいた。
「お前さんが行こうとしてんのはそういう場所で、歩いて行こうもんなら一時間持たねえ。灼熱の砂に呑まれて、たちまち天に召されちまう。しかも――……」
話の途中で突如落ち着きを取り戻したらしいオヤジはふーっ、と荒い息をつき、
「……兄ちゃん、乗り物は要る。おれのを使いな」
そう呟くように言った砂漠の民は、したたかな商売人の眼をしてにやりと笑った。
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