第5章 世界はあまりに■■過ぎる

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人を頼ることはあっても、人を信頼したりはしない。 人に用を任す事はあっても、人を信用したりはしない。 自らですら、それの例外ではない。 当たり前だ。 人はその気になれば簡単に人を裏切れる事を、その者は身をもって知っているのだから。 いずれそれが自分へ向けられることを、その者は非道く恐れている。 知っている、他人とは期待を裏切る生き物である。 知っている、純然たる正直は有限であることを。 知っている、“意図の有無に関わらず”他人は嘘をつくものなのだ。 では何故だ? 何故、ソレを知っていた上で、“相手の指定した場所に、何の疑いも持たずのうのうと従ってしまったのか”? 何故、“相手の手の内も知らぬ内に、無警戒にも不意打ちなど仕掛けてしまったのか”? 慢心していたから?激情していたから? それがそもそも孝にとっての異常だ。 騙し討ちとは、慢心からは生まれない。 そうしなければ勝てないという“劣等感”から生まれるものだ。 同じ理由より、常に劣等感を持ちながらの戦いを強いられる孝が、侮られたからといって激情など抱くのだろうか? 確実に、“不調”である。 無理も無い。彼は4年間もの間、ずっとあの牢獄で“入院生活”を送ってきていたのだから。 どれだけ気を付けていても、心身共に脂肪はつく。 だからこそ、孝はこの瞬間に、行動を、感情を、判断を間違えた。 ドカァ!!!! (入った!) 不意打ちに決めた後ろ回し蹴りに手応えを感じ、孝は疑いも無くそう確信した。 だが……。 「…………んだこりゃぁあよぉぉお?」 その確信を“裏切る”かのような、怒りに満ち震えた声が孝の鼓膜を木霊させた。 そこでやっと、自らが蹴ったモノの違和感に気づく。 (振り……抜けない!?) 孝は自分が当てたであろう筈の、拓斗の頭部に目を向ける。 それは“土”だった。 地面から“伸びた”それは、まるで卵の殻のような弧を描き、拓斗の後頭部を俺の蹴りから防いでいた。
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