第5章 世界はあまりに■■過ぎる

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「……クッ…ソッ!」 ズボァッ。 無駄と知りつつ、手首からナイフを抜き取り、地面が後退する中それを拓斗に投げつける。 案の定、それはグラウンドから“うねり伸びた”砂によって触手のように絡め取られ、そのまま元の所持者へと投げ返される。 狙いは外れ、刃は孝の頬をかするだけだった。 ────あえて外されたと考えるのが妥当であろう。 「ふ……っざけんな!こんなんアリかよ!?」 足と頬の傷を修復させながら、孝は堪らず吠える。 「念動力系の土操作。グラウンドを指定したのはハナからそれが理由だったってわけだ! 中々狡辛いマネをしてくれるじゃないですか? それを相手が“同じような事”したからって、逆ギレしてんじゃねぇ!」 そっくりそのままブーメランに返ってくるも御構いなしに、修復への時間を延長させようと、ひたすら吠える。 「────いくつか勘違いを正してやろう。」 拓斗との距離はかなり離れてしまったが、それでも声だけは良く通る。 「本来、俺がここを指定した理由はテメェを断罪する為であって、テメェと勝負をする為ではなかった。 だが、ヒフミがあくまで試験の形式を取れとの所望だった故、僅かばかりテメェに“ルール”という形で譲歩しただけに過ぎない。 ────でだ、それを踏まえた上で、テメェが初っ端にかましてくれた行為について一言。」 孝はゴクリと唾を飲み込み、彼の声を待ち構える。 「テメェは正しい。」 「…………ハ?」 孝は何を言われているのか分から無いといった様子で、拓斗の言葉に唯呆ける。 「策を要して強者に挑むは弱者の特権、なにも恥じることはねぇよ。むしろ誉れと知りやがれコラ。 愚直な特攻ほど醜いモノは無ぇ。潔が良いと賞賛する者もいるが、あれは単なる思考停止だァ。 勝ちを自ら放棄した負け犬、クズ、人間捨てたサルだ。 その点でテメェは有能だよ。勝利に固執したその姿勢、盛大に評価すべきだ。この俺が賛辞してもいいと思えるくらいに。 だからこそテメェは惜しい。これが試験であれば、もうそれだけで合格と言っていたところだったろうに……。 そう、“これが試験であればなァァ”……。」 この時、孝は最初の奇襲が失敗した時に感じた怒気が、再び空気に浸透していくのを悟る。
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