死番虫インテルメッツォ

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 しかもだ。戦争の最中の日記もあれば、それよりもずっと前の、大陸開拓時代と呼ばれる頃の日記まであった。大陸開拓時代は300年に渡る時代だったと習ったが、この日記には、その当初や終わりの頃、つまり戦争が始まった頃までの記録が、すべてではないにしろ残っていた。そうなると、一人だけの日記だとは考えにくい。何人もの人間によって、記録が紡がれていったのか。  最初の部分、すなわち遥か昔の頃に書かれたという石碑から読み解いた部分は、その保存状態から割と細かに記録があったが、近代になるにつれて、紙などの記録媒体に移行したために、戦火や風化によって、あまり詳細な記録は残されていないらしいことが、日記の中に書かれていた。  どのようにしてこの記録が発見されたのか。なんと見つかった時にはもうこの図書館の中にあったらしい。  結局のところ、ここから何か勝機を得ることはできないようだ。もしかしたらこの日記の筆者がテテさんだったのではとも考えたが、筆者が複数名いたとするとその線も薄いか。
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