怪人と僕

45/58
前へ
/739ページ
次へ
 僕は階段を駆け上がる。  屋上の扉は夜間はいつも施錠されているので普通は開かない……はずだが、開いていた。隙間から、冷たい風が校舎の中へと流れ込み、キイキイと扉を軋ませている。  手をかけると金属の擦れる鈍い音がして、扉が開く。  扉の向こうも勿論暗闇だ。  非常灯がない分より一段と暗い。 「夜は血が騒ぐものだ、そうは思わんかね」  声が、不意に。  嗄(シワガ)れ老熟した、渋みのある声。その響きからすると、声の主は老人のようである。だが暗闇ゆえに姿は見えない。うっすらと、人のような形をした影が立っているとわかるので精一杯である。  そんな誰かは、どうやら僕へと質問をしているようだった。だが扉が開き切るよりも前に、声が聞こえたような。  誰か──例えば屋上の怪人とか。扉が開いていたくらいだ、誰かがいるのではないかと心づもりはしていた、けれどそんなはずはないと、誰もいないはずだとそう思い込むことで、僕は何とか平常心を保っていたのだ。だから僕は、その問いかけに軽く返事ができるほど余裕ではなかった──心臓が、脈打つのがわかった。
/739ページ

最初のコメントを投稿しよう!

872人が本棚に入れています
本棚に追加