怪人と僕

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「夜は狩猟本能を目覚めさせるそうだ」  僕の返事など期待していなかったのか、あるいは僕が返答できない状況にあると察したのか、声の主は、問いかけの答えを待つことなく話を続けた。 「夜、ゆえに沈黙する」  あるいは開花する。 「日の光は万象を照らし出し真実のみならずあらゆる事実を白日のもとに晒すが、夜の闇は有象無象を覆い隠して真実のみならずあらゆる事実を置き去りに、世界を別の何かへと擬態させる」  それを隠れ蓑と呼ぶか、武装と捉えるかは、人それぞれだと思うがね。  声の主は言う。 「人々は世界の大きさにひれ伏してしまう。晴れ渡るあの青い空も、澄み広がる海原も、生い茂る野原も、煩くも賑々しい街並みも、みんなみんな大きすぎて嫌になってしまう──だから夜は、視野を狭くするのだ。あらゆる物事を、あらゆる了見を狭め、独善的に解釈し、都合よく歪曲させ、気持ちのいい部分だけを抽出して人々に一時の安らぎと逃避を与える。いやはや、世界とはよくできているものだ」
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