空回りする夜

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「勝平と同じ要領で上手くいくほど、岸野はバカじゃない。だが、相手にとって不足なし!!」  せっかくこんなまずありえないような、『ある日いきなり女の子と一緒に暮らすことになりました』展開で岸野と出会うことができたのだ。  しかも美少女! 美少女だぞ!? 意地でも仲良くなりたいじゃないか。 「負けるな由紀! 仲良くなるんだ由紀!」  いつになく熱血キャラになる俺。今の俺なら、岸野にじゃんじゃん話しかけられるような気がする! 「しかし、作戦は必要だ。熱血なのはいいが冷静さを欠いては、事をし損じるからな」  拳を握って決意を胸にすると、俺はベッドから立ち上がるなり部屋を出る。  目的地は岸野の部屋。……ではなく、トイレだ。 (昔から、世の学者たちは用を足しながら考えにふけったという。なら俺もそれにならうとしよう)  階段を下りて一階のつきあたりの扉。  俺は静かにドアノブを回して扉を開ける。  ……そこで俺は忘れていた。  “岸野と共に生活をするということは、トイレだって彼女も同じ場所を利用することでもあるということを”  トイレの中には、岸野の姿があった。  突然のハプニングに、思考はパーフェクトフリーズ。  ついさっきまでの、『俺は岸野と仲良くなってやる』だなんて意気込みは完全に吹っ飛んでいた。  対して岸野。幸い用を済ませた後だったのか、スカートも下着も穿いた状態ではあったものの、俺が入ってくることなど頭になかったようで、大きな瞳は倍増しなのではと思えるくらいに見開かれている。  潤みきった瞳、紅潮する頬、わなわなと震わせる唇。  これがこんなシチュエーションでなければ素敵だなと思えたのだろうけど、今の俺には軽々しくそんなことを言ってしまえるほどの気構えは持ち合わせていなかった。
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