空回りする夜

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 みんなもご存知の通り、トイレの芳香剤の液体は物凄く匂いが強い。  そりゃもう、身体を何回も洗ってもとれないくらい、ヤバい強い。  つまり、なにが言いたいのかと言うと……そいつはシャレになりませんって!? 「うおおおおお!?」  顔に向かって投げられた芳香剤。それはなんとか反射的な動きで腕ガードに成功。  けれども、シャツまでは庇いきれず、タウンアートのシャツには紫の液体がかぶってしまう。  俺のシャツの町並みは、まるでバイオ汚染されたかのように、紫色に染まりきっていた。  慌ててトイレか ら飛び出る俺。その際に勢い余って尻をついた。  続いて、岸野がすぐに出てくる。  プルプルと肩を震わせながら、あたかもゴミを見るかのような目で岸野は見下ろして言った。 「……最低」 「ぐあぁっ」  怒りを潜めながらも、失望と哀れみ、俺という存在そのものに訴えかけるその言葉は、心の内を容赦なくえぐった。  すぐに顔をそらして、駆け足で階段を上っていく岸野。  二階で閉まる彼女の部屋の扉の音が、空しくもラベンダーの香りを醸し出している俺のもとまで鳴り響くのだった。
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