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「なんで? なんでここにいるの? ここ、私の部屋なのに」
「俺、岸野に一言謝りたくて」
「余計な、お世話だよ……」
顔を伏せて、岸野は肩を揺らす。
泣いている?
しゃくり声を鳴らし、必死に声を抑えても、嗚咽がこぼれる。
カーペットの上には、涙跡が作られていた。
「お父さん……お母さん……」
ここに来て、寂しさが表立つように彼女は両親を口にする。
震えた声。
その声は、俺が作ってしまったのだと自覚するのに、時間はいらなかった。
「岸野、本当に──」
「出てって! あなたの言葉なんて聞きたくない!」
謝罪の言葉も、彼女の強い声に遮られる。
このまま許してもらえるまで謝りたい。
けれど、岸野はきっと望んでいないだろう。
俺が壊してしまった写真立ては、戻って来ないのだから。
罪悪感のみを胸に、俺は岸野の横を通り部屋を出ていく。
彼女の部屋の扉を背にしてもたれかかると、そのままズルズルと尻がつくまで身体を預けた。
廊下でへたり込みながら、俺は前髪をかきあげる。
悔しくも口をかたく結びながら、誰に言うまでもなく、自分に向けて戒めるように言葉にする。
「俺って、ほんとアホだ」
岸野と初めて暮らすことになった1日目。
空回りする俺の行動。結果、俺は岸野を傷つけた。
……最悪な形で、俺たちが出会い初日は幕を閉じたのであった。
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