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「……あの野郎、スーツまで持って行きやがってよぉ」
あれから抵抗空しく文字通りに身ぐるみを剥がされた私は自宅のマンションのベランダにて酒に溺れていた。
私は殴る蹴るの暴行を受けた挙句、ブリーフと靴下だけのオヤジにさせられたのだ。
警察に見つかったらノータイムで確保されるであろうその姿で、帰宅を強いられるのは耐え難い屈辱だった。
幸いだったのは、靴下の中に忍ばせていた諭吉の存在に彼奴が気付かなかった事だ。お陰でタクシーを拾って帰る事が出来た。
哀れなものを見るかのような運転手の表情に涙を零したくなったが、あの格好で人混みの中を歩いて帰るよりはメンタルダメージも少なかっただろう。
私は半分くらい残っている缶ビールの中身を一気に飲み干した。
それからからんと缶を地面に転がし、若干の千鳥足でベランダに設置されたベンチに向かい座る。
そこに置いてあったクーラーボックスの中からまた新しい缶ビールを取り出した。
「くそう、私が何をしたというんだ」
新たに開けたビールをぐびびと飲んでベンチに凭れかかる。結構な量の酒を飲んだが、まだあの小僧の顔が脳裏に浮かぶ。
ブルドックがドヤ顔を決め込んだようないやらしい面だった。思い出すだけで腹立たしい。
「畜生があああああ」
酒の勢いもあってか、そんな調子で怒鳴るように叫んでいると、唐突に隣の部屋の窓が開く音が聞こえた。
次いでどうしようもない馬鹿を見て呆れているかのような女性の声で、
「あんた、また狩られたの?」
声のした方に目を遣ると、そこには隣人の三山一子が腕を組んで立ち、ベンチに座る私を見下ろしていた。
「なんだ、一子か」
このマンションは二部屋ごとにベランダが共有スペースとなっていて、私がベランダで飲んでいると、隣の部屋の一子がこうしてたまに現れるのだ。
いつからこうして話すようになったかは忘れたが、愚痴のはけ口としては実に優秀であり、今では普通にこうして、
「私にも一本頂戴」
「投げるぞ」
「うん」
酒を飲み交わすような仲になっている。
クーラーボックスから取り出した缶を投げ渡すと、一子も景気良くビールを飲みだした。
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