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「ぷはぁ! やっぱりここで飲むビールは最高ね」
気品の欠片も感じない飲みっぷりを披露する一子。でもその気持ちは分からんでもなかった。
ベランダは会社でのストレス、オヤジ狩りでのストレス、その他諸々に関するストレス、全てを浄化してくれる癒しの空間だ。誰にでも落ち着ける場所というものがある。
私と一子にとってのそれはここだった。
「……にしても、あんたはホントにオヤジ狩りされるのが好きね」
別に好き好んでされてるわけではない。
「そこまで頻繁だと、自分から狩られに行ってるとしか思えないわよ」
どこの世界に自らオヤジ狩りの的になりたがる阿呆がいるんだ。
私はまた一つの缶ビールを空にし、静かにベンチの上に置いた。
それから徐に胸ポケットからタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつける。
大きく一吸い。
「私にもちょーだい」
あざとい笑顔でタバコを強請る一子にジト目を向けた。タバコくらい持ってないのか。
「丁度切らしちゃったのよ」
さよけ。私の承諾も拒否もない反応を都合よく承諾したと受け取ったのか、一子は自慢のポニーテールを揺らしてタバコを取りに来た。
しめしめとしたニヤケ顔で私からタバコを横取る一子を、横目に観察する。
「……見た目は良いのにな」
ふと酒で緩んだ口から出た言葉だった。
「何それ、口説いてるの?」
一子はけらけらと笑ってタバコに火をつける。
まぁ口説くつもりはないものの、満更冗談で言ってるわけでもなかった。
私の感性が一般的感覚からかけ離れていなければ、こいつは紛れもなく美人だ。それも相当の。
ポニーテールでの加点は私好みと言わざるを得ないが、それを差し引いても一子の外見は整っているだろう。
で、も、だ。
天は人に二物を与えずとはよく言ったもので、コイツには容姿の有利を帳消しにする短所があった。
それは──。
私は馬鹿にするような口調で言ってやった。
「炊事に洗濯、掃除もできない女はちょっとなぁ」
開いている窓から覗く一子の部屋には、脱ぎ散らかした服や下着、散乱したビールの缶やゴミ、灰皿の上には吸い殻がジェンガのようなタワーを作っていて、ベランダに出ているゴミ袋には空のコンビニ弁当が仰山つまっている様子が窺える。
何度見ても酷いものだ。
そう、これがコイツの短所である。ようするに一子は物凄くだらしがないのだ。
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