いのちのおはなし-Dear,h

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いのちのおはなし-Dear,h

見渡す限りの田園風景。 空はただ青く、雲は白い。 山の木の葉はうっとりとするほど赤く色付き、私はそれにほう、と息を吐いた。 原色、という言葉を思い浮かべる。 本来はいろいろな色の元になる赤、青、黄色のことであり、この場合には当てはまらないのだろう。 だけど、この目に写っているもの。それは都会で見慣れていたものと比べ、あまりにも濃く、美しい。 人工的で無機質なものでない、命の輝きとも言えるイロ。 これは私の原風景であり、つまりは私にとっての原色に違いないのだった。 昔はこの町が嫌で仕方なかったというのに。 「かーさま」 「ん、なあに?」 「いろがいっぱい」 「ええ。そうね。いっぱい、だね」 髪をすくように頭を撫でると、……はくすぐったそうに身をよじった。 「かーさま、靴がどろどろだよ。あ、ぼくのもだ!」 舗装されていないぬかるんだ泥道。昨日の雨はしっかりとした影響を大地に及ぼしているようだった。 ふと目を向けると、……はしゃがみこんで私の靴を撫でていた。 その無垢な指先が茶色く染まるのもいとわずに。 「何をしてるの? 汚いよ」 私が問うと、にっこり笑って言った。 「靴さんにね、えらいえらいしてたんだよ! こんなになるまで頑張ってくれて、いつもありがとうって」 「……」 無邪気な言葉に、急にぽろぽろと涙が零れ、私は慌ててそれを拭った。 私の靴はぼろぼろのスニーカー。 洒落っ気も何もない、ただの安物だ。 白かったそれは、見るも無惨に汚れ、ずいぶんくたびれている。 思わず自嘲してしまう。 これは、私だ。 抱いていた理想も、夢も。何もかも。 時間といっしょに汚れてしまった。 洗ったとしても、もう綺麗にはならないだろう。 それでも、“これ”は絶望していない。 こうして色鮮やかな世界に思いを馳せることだってできるのだ。 だって、あなたが生まれてくれたから。 それだけで。すべてはこれでよかったんだと。 そう思えるんだよ? 「えいっ」 抱き締めると、腕の中でこちらを見上げてきた。 「かーさま、どうしたの?」 「ううん、何でもないのよ」 「そっか~。かーさま、だいすき!」 「……うん。私もよ」 ありがとう。 あなたのおかげでね。 私の見るものは、いつだって美しく、価値あるものなんだよ。
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