かどわかす波濤

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海面に虹のような海容はただ、贋物でしかないように、海の表面の下には、大きな腐肉の混ざり溶け込んだ己の顔を齧る、何か得体の知れないものが泳いでいるようだ。 絶え間なく動いているように、その得体の知れないものが動けば、砂浜に黒い泥のような波間を押し付ける。 黒い泥を凝視しては、首を捻る。 ここは浅瀬だが、その得体の知れないものの正体を知るには、もう少し深いところに身を沈めてはいけなのだろうか。 海の風に香るのは、ひゅるひゅると溶け通うような呪詛の口笛。 人はそれを、風切り音だと云うが、私には何故だか安徳様の頑是無い産声のようにも、雅やかな人の呻き声のようにも聞こえてしまう。 この夜空のような黒い海には何があるのだろうか。手を伸ばしてみても、魚の姿もなく、渦潮の兆候もない。 ただ手を濡らすだけで、私の手は冷たくなるだけだ。身体の一抹に触れただけなのに、指先を濡らす氷のような海の飛沫は私の体温をどっと低くした。 遠くの方で、一線境界を引くような視線の先に、大きな津波が起こった。 怒涛の高鳴りは山を作り、ざんぶらと唸っている。すべてをかどかわす、大きなその手は何もかもを飲み込む舌のようにも窺えた。 その舌に相次ぐように風の音が悦び恨み言を嘯く。  
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