16章

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「分かったわ。そういうことは一切しないから。身体を休めるためにも、中に入って」 皐は少し警戒しながらも、玄関に足を踏み入れた。 内心、玄関の壁に押し付けたい気持ちをなるべく押さえ込んだ。 自分のペースを乱される。 『あのさ、マリは?』 まだ朝早いから寝ているのだろう。 「寝ていると思う。それよりリビングでお茶でも飲もう。」 私は皐をリビングまで誘導して、台所でお茶の準備。 皐はソファーに座わり、目を擦りながら眠気と戦っている。 猫みたい。 お茶をお膳にのせて、皐の前に出す。皐は軽く会釈してお茶に手を出そうとしている。 『ありがとうございます!頂きます!』 「なんで、敬語になるのよ。普通でいいから」 軽くため息を吐きながら皐を見る。 大学内では『クールで皆の王子様』という印象の皐。 私の前ではヘタレ猫。 このギャップが何とも可愛らしい。 さっきより緊張が解れた皐はコップを置いて口を開く。 『あのさ…椿がもう一度私を見てくれるようになって嬉しい。最初は忘れられているのかなって不安になったの。今はこうしてそばにいるから、余計に嬉しい。』 皐がそう思うのは、当たり前のことだ。あんな冷たい態度をとったのだから。 自分でも馬鹿なことをしたと思う。 「悪かったわ。あんな態度をとって…貴女の為と思ったことが不安にさせてしまったわ。」 『もう大丈夫だからさ!今の幸せがあれば、過去なんて良い思い出になるんだから』 なんか心の奥がじんわりと暖かくなる。この感じ、皐と出会った頃を思い出す。 私が皐を想う理由が固まっていく感覚 。 簡単な理由だったのね。 自然と口角が上がり、静かに皐の隣に移動する。 驚いた表情で私を見つめる皐。 「いつの間に大人になったのかしらね。それに大丈夫ということは、私を少しでも受け入れたってこと?」 私の言葉で皐の顔がまっ赤になっていく。 『そういうことじゃないから!かなりプラス思考すぎ。なんというか…安心したというか…』 恥ずかしくなると、声が小さくなるのは癖なのかしら。 皐にさらに近づいて、綺麗な瞳を見つめる。 逃げ場を失った皐は、怯えながら私の瞳を見ている。 私は衝動を抑えきれずに皐の腕をとり、自分の方に引き寄せた。 皐の前だと自分が開放的になってしまう。 自重する気もない。
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