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チャイムと同時に挨拶を済ませると、日直が黒板を消しに掛かる。仕事を迅速にこなすお節介が黒板消しをかけたところが、白く汚れた軌道となって残る。
「あ、」
目の前の惨劇とも言える状況に情けない声が漏れてしまう。
「どうしたの、樋渡くん」
俺の声に反応したのか泉堂が俺に声を掛けてくる。どうやらノートもきちんと取り終えたようで、机の上には教科書やノートなどは見当たらなかった。
「泉堂、悪いんだけど今日の分、見せてくれないか」
「全部写しきれなかったんだ」
苦笑いしながら、手はすでに机の中に伸びていた。
「あぁ、途中までしか……」
ここ数日シャーペンなんて触れてすらなかったにしても、今日の俺は書くのが遅すぎると思う。
「しょうがないよ、今日は特に写す量が多いよね。はいこれ」
そう言って、今度はルーズリーフごと俺に手渡す。
「サンキュ、すぐに終わらせるからな」
「いいよ、ゆっくり書いてよ」
今度は、微かに歯が覗いた。中学校の時、歯科月間優秀者賞という賞があり、それに選ばれると、その年地域の病院に自分のニッと笑った口元が印刷されたポスターが曝されるという、何ともいえない副賞が付いていた。
泉堂の一瞬覗いた貝のような歯は、そんな凍りついた記憶までも思い出させるほど白く見えた。
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