117人が本棚に入れています
本棚に追加
「すごいね、瑞季は。そんな考え方ができて」
「ちょっと、何よ。恥ずかしいわね」
瑞季は居心地悪そうに唇を尖らせる。
「何だか、今の言葉を聞いたら、もっと仲良くなりたいって思ったよ。今よりもっと、樋渡くんを知りたいって」
まるで、深くてそこの見えない水面に思い切って顔をつけたような気分だった。そこに初めて、自分の気持ちを見る。
「すっきりした?」
「うん、とっても」
そう言うと、瑞季は相好を崩した。これからは、樋渡くんに変わることを求めるのではなく、ありのままの彼をしっかり見ていようと思った。
「それにしても、今みたいに勢いのある瑚春って初めてかも。恋の力って、偉大ねえ」
「ちょっと、どうしてそうなるのよ!」
わざとらしく肩をすくめる瑞季に、つい声が裏返ってしまう。
「あれ、だってあんた、好きなんでしょ、樋渡君のこと」
「う、うん。樋渡くんのことは好きだよ。でも……」
「何よ、歯切れ悪いわね。瑚春、あんたもしかして、この期に及んで彼に惚れていないだなんて言い出すんじゃないでしょうね」
違うわよ! と反射的に叫びそうになった。声が出なかったのは、樋渡くんの顔が頭にポン、とスタンプを押されたように浮かび上がったからだ。
「そ……んなの、わかんないよ」
誤魔化すつもりは、ない。ただ本当に、自分でも分別がつかないのだ。呆れられると思ったけれど、瑞季は黙って私の方を見ているだけだった。
どうして、好きという言葉はこんなにも不便なのだろう。さっきまでの私はただ、隣の席の、話していて心地好い相手を憎からず思っているだけだと信じていたのに、ふたを開けるとそう話は単純ではなかった。それでも、全部"好き"の一言で事足りてしまう。
「悪かったわね。きつい言い方して。ゆっくり、自分で考えなよね。さ、もうすぐ私たち試合よ」
そう言って瑞季は、また私の返事を待たずにコートへと向かっていってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!