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「しっかしよぉ」
六十キロのスピードで風を切っているところで慶次が切りだす。ここから実りのある会話が生まれるなんてことはあまり考えられないが、俺は「何だよ?」とだけ返した。
「毎度の事だけど、何が悲しくて男と二ケツしなくちゃなんねぇんだよ」
案の定、ため息の出るようなことを言いやがる。
「彼女とか作ればいいだろ。こんなデカいバイク持ってるんだから、その気になれば女の子もよってくるんじゃないのか」
「へっ、簡単に言ってくれるよなぁ」
情けない呟きも、風とエンジンにかき消えてしまう。
「そういやレイって全然オンナつくらねえよな、去年も一人も居なかったって話じゃん」
どこから沸いた話なんだかわからないが、事実には違いなかった。
「まぁ確かにそうだけど……」
「最後に付き合ったのは?」
付き合う。そのフレーズに濁ってしまった笑顔が不意に浮かんで、俺は悟られないように顔をしかめた。
「中学の時だな」
「中学ねえ。んじゃレイって、もしかして童貞……おわっ、バカ、冗談だよ! 死んじまうじゃねーか!」
慶次の肩を取って前に思いっきり前に押してやった。
「それより慶次、お前は明日どうするんだよ」
「学校なら、俺はまだ行くつもりはないぜ。お前以外のツレがみんな違うクラスになっちまったからな。行ってもつまんねえし」
ふーん、という声も、きっと慶次には聞こえていない。そこからまっすぐの国道を滑るように進むうちに、住宅街へ入る道が見え、慶次がウィンカーを光らせる。明かりの消えた住宅街を、街灯に照らされながら走る。対向車もない道は広く、静かだった。
「なあ、レイ」
「んー」
「こんなこと言ったら、お前笑うかもしれないけどな」
「ああ」
風が吹いていた。耳を切るような逆風ではなく、背中を押すような。色があるとしたら、それはきっと、金色。
「恋がしてえ。死んでもいいって思えるような、そんな豪快なやつをさ」
「何か、歌でも聴いたか」
慶次は何も答えない。俺も、笑うはずがなかった。
「あー」
――恋がしてえなあ。
結局、俺を家に送るまで、それ以上話すことはなかった。
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