8人が本棚に入れています
本棚に追加
/184ページ
「我ながら、顔だけは良い男」
冗談混じりに呟いて、包帯によって隠れている右目に触れた。
「……もうちょいしたらまた巻き直すか。緩んできやがった」
ボソボソと呟いて、彼は二度目の大欠伸をした。
左目の端に溜まった涙を指先で拭い、それから軽くついた寝癖を整える。
切れ長の漆黒の瞳に、少し長めの艶のある髪。
本人も言っていたが、顔だけは良い男である。
身嗜みが何となく整うと、彼はクシャクシャに置かれた着物を取り、今着ている黒いシャツの上に羽織った。
衿は広く開けたままで帯を締める。
左腕は袖に通さず、着物の内に入れて帯の上に乗せた。
キセルは袂に戻し、また小さく欠伸をして一つ頷いた。
「……よし、そろそろ行くか」
結構時間を掛けてしまった気がする。
二日分の宿賃を払うのは気が引けるが、仕方ない。
自業自得だ。
最後にもう一度だけ鏡を覗き込んでから立ち上がって、部屋を出た。
板が張られた廊下を渡り、階段を降り、受付に向かう。
自分を起こした女将がいた。
最初のコメントを投稿しよう!