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「わりぃ、遅くなった」
右手を上げながらそう言うと、なにか雑務をしていた女将が顔を上げて、先程よりもその表情を歪める。
「なんだい、もう。あと二分でタイムリミットってとこで」
「あれ? まだそんな時間?」
青年は頭を掻いて、女将の頭上にある時計に目をやった。
なるほど、言った通り二分前だ。
今一分前になった。
「はは、ナイスタイミング。さすがオレ」
「そもそも、なにしてたらこんなに時間が掛かるってんだい? 荷物らしい荷物もないし。まさか自分に見惚れてたんじゃないだろうね」
「御名答」
ぱちん、と指を鳴らしながら言うと、女将はますます変な顔をして盛大にため息をついた。
「やな奴だねぇ。黙ってりゃ良い男だってのに」
「それはオレが一番よく知ってるから」
薄く笑いながら銭を出し、数えて女将の前に置いた。
「んじゃ、これで。世話になった。サンキューな」
青年は銭を置くと同時にそう言って女将に背を向けた。
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