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サチは森にいた。
誰もいない森だ。静かな木の気配だけがすべてを包む。
「西の森に入ってはいけないよ」
サチはひとり迷っていた。お母さんの言いつけを守らなかったからだ。迷ってから反省してももう遅かった。
「ごめんなさい」
謝り、うっそうとした森の中をサチはさ迷いつづけ、夜を迎えた。
「こわいよ」
サチは疲れ果てて地面に倒れこんだ。夜の冷たさが身体を包み、いつの間にか眠ってしまっていた。
「…………」
「御嬢さん。起きなさいよ。」
「だあれ?」
目を開けても見えない。真っ暗闇。
声だけが闇に響く。
「私は夜の帳さ。こんなところで眠っていては身体を冷やしてしまうよ。さあ、起きなさい。」
サチは言う通りにした。
「起きたわ」
「よしよし、いい子だね。名前はなんて言うんだい。」
「サチよ。あなたの名前は?」
「サチか。いい名前だね。私は夜の帳だよ。さあ、サチ。私の後ろについてきなさい。夜の森を抜ける道を教えてやろう。」
「でも見えないわ」
「ああそうとも。私は夜の帳なんだからね。見えなくて当然。でも足音は聞こえるだろう。音を頼りについてきなさい。サチならできるよ。」
「わかったわ」
とっとっと。
かすかな足音を聞き、サチは目を閉じたまま歩き始めた。
「目を開けていても閉じていてもなにも見えないわ。開けているつもりでも閉じているみたい」
「そうだね。光がなきゃ目がないのと同じだね。サチは目があるほうがいいかい。」
「ええ、もちろん。小鳥も花も空も綺麗だもの」
「そうかい。それはいいことだね。」
そうして夜の帳とおしゃべりを続けていると、サチは足音を聞く必要もなく、するすると森の中を歩くことができた。
「夜の帳さんはどうして真っ暗な森をするする歩けるの?」
「それは私が夜の帳だからだよ。」
「どうして夜の帳さんは夜の帳さんなの?」
「私は生まれたときから夜の帳だったのさ。だから真っ暗でも平気なのさ。」
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