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「ふ~ん。夜の帳さんはすごいのね」
「すごくなんてないさ。当たり前のことなんだよ。そら、もうすこしの辛抱だよ。」
「もう森を抜けるの?」
「ああ、もうすぐだよ。」
「いやだわ。もっと夜の帳さんと話をしていたいわ」
「そうだね。私ももっとサチと話をしていたいよ。でもね、サチ。」
「なあに?」
「夜の帳は夜の帳の中でしか生きていけないんだよ。だからわがままを言っちゃいけない。サチのお母さんが心配しているだろうから、早くあの森の出口に向かうんだよ……。」
サチは自分が歩いているその先に、うっすらと光が見えることに気づいた。
「出口ね。だんだん周りが見えるようになったわ」
森のうっそうとした姿が見えるようになってきた。森の出口からの光が辺りをじょじょに照らし始めていた。
「夜の帳さん?」
サチの目の前には誰もいなかった。
声も聞こえない。足音も。
夜の帳はもう、夜の帳が終わったから消えたのだ。
サチは夜の帳が急にいなくなってすこしさびしくなったが、
「明るいわ」
出口の光の前に、目を見開き、ただただ近づいていった。
「…………」
森を抜けるともう朝だった。
「早く帰らなきゃ。お母さんが心配しているわ」
サチは家路へ向かった。
「そう。そんなことがあったの。それはきっと本当に、夜の帳さんだったのね」
「ええ、そうよ。でもごめんなさい。言いつけを守らなくて。反省しているわ」
お母さんは怒ることもなくサチの話を聞いた。
「サチの名前をほめてくれてよかったわね。夜の帳さんはいい人ね」
「ええ、とてもいい人よ。楽しかったわ。でも顔がわからなかった」
「きっとやさしい顔でしょうね」
「きっとそうね!」
サチはやっぱり疲れていたのか、お母さんのひざでゆっくりと寝息を立て始めた。
「夜の帳さん、ね」
お母さんは夜の帳の正体を知っていた。
それは西の森に住む盲目の魔女のことだった。
「彼女は私のお母さんなのよサチ」
静かに語りかける。
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