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黒い猫がいた。
その猫はいつもあくびをしていて、タバコ屋の店先にいた。タバコ屋のおばちゃんはここ最近黒猫となにか話をしているようだった。なに、ヒマだから猫に話かけているだけだろう。
別段特別なことじゃない。きっとどこでも見られる光景だ。
僕はタバコを買う年齢ではないので、タバコ屋に用はなかった。
ただあの黒猫はいつも気になっていた。うちはペットを飼ったことがない。友達の家にソラというダックスフンドがいるのだが、遊びにいくたびに懐かれるので、ペットが欲しいなと思うことがたびたびある。
今日も黒猫はいた。珍しいことにタバコ屋がやっていなかった。
近づくチャンスかとも思ったが、どうせ逃げるだろうと思って、やめた。
次の日は土曜で休みだった。自転車で買い物に行こうと思い、ついでにタバコ屋の前を通った。
黒猫は今日もいた。
タバコ屋は珍しく今日もやってなかった。
気になってしばらく見ていると、黒いスーツの男性が花を挿した花瓶を持ってきた。黒猫に逃げる様子はなく、男性はタバコ屋のカウンター(というのだろうか)に花瓶を置いた。男性は頭を下げると足元の逃げない黒猫の頭を軽くなでてやり、なにか話しかけるとすぐに去った。
黒猫は変わらずそこにいた。僕はあの花瓶に挿された花が仏花だとわかった。
タバコ屋のおばちゃんは亡くなったのだ。
だから店を閉めた。
僕は黒猫に近づいた。
黒猫は逃げなかった。
ずっと前を見ていた。
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