明治2年

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「既に勝敗が決していると仮定したところで戦は負けるのだ…」 黒い羅紗張りが湿り気を帯びている。相変わらず霧雨が辺りを覆い隠すように音もなく降り続けていた。 「そういえば、こちらの方にお聞きしたのですが」 その湿気を振り払うように声を上げた二葉を、振り返ることはせず。だが次の台詞を待っているのか。 土方はじっと黙っていた。 「蝦夷には梅雨がないそうですね」 「…なんだ、そんなことか」 「そんなこととはなんです。 今二葉は蝦夷共和国民なんですから、お国の事に関心を持って当たり前ではないですか」 「女子供が余計な関心を持つ必要はない」 断定した土方に、二葉は知らんぷりを続ける。 そういう台詞が返ってくるのは予想済みだったのだ。 「いつか、お前が言っていた事だが」 その言葉に、二葉は脇差しにそっと手を添えたまま前を向いていた。中に着込んだ鎖帷子がずしりと肩を押し付ける。 「俺は後悔などしていない」 「知っております」 「あの時だけだ…それだって、もうすぐ叶うさ。近藤さんは怒るかもしれねえがな」 「…怒りますよ、きっと」 断定した二葉に、土方からの返答がプツリと切れる。 「『俺の事はいいから、どうしてこんな所に来たんだ』って怒ります。 だから、投げ出す覚悟なら捨てて下さい」 暫く後、ブーツを踏みしめる音だけが辺りに響いた。土方は何も言わずに二葉の横を通り過ぎてゆく。 「私に貴方の気持ちがわかるわけないじゃないですか…」 顔を歪めたその後ろには、霧に消えてしまった影だけがあった。 残り雪をぼんやりと眺めながら、二葉はその消えた影の先をいつまでも見続けていた。
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