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「本当に来たのか、怪盗ファントム……」
高杉近代美術館の前に到着した誠一は、残されたハンググライダーや遠ざかるヘリコプター、そして引き揚げる野次馬たちを眺めながら、誰にともなくそんな呟きを落とした。
今朝の朝刊を見て、誠一は飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになった。
怪盗ファントムを名乗る人物からの大胆な犯行予告--もちろん、そのようなものを信じたわけではない。おおかた人騒がせな宣伝か何かだろうと思った。それでも、予告時間が近づくにつれ居ても立ってもいられなくなり、ついにはアパートを飛び出してここまでやって来たのだ。仕事中ならば忘れられたのかもしれないが、非番だったため、なおさらそのことばかり考えてしまったのだろう。
だが、少し遅かったようで、到着したのはすべてが終わったあとだった。
「やっぱ美術館のプロモーションじゃない?」
「まさか、ここまで大掛かりなことやるかよ」
隣を通り過ぎていく若い男女が、醒めた口調でそんな話をしている。怪盗ファントムをリアルタイムで知らない世代なら、この馬鹿らしいくらいの大胆な犯行を、にわかに信じられないのも無理はないだろう。
一方、正門前にいた年配の男性は、すっかり興奮しきっているようだ。
「怪盗ファントムの復活だ!」
固く握ったこぶしを振り上げて叫んでいる。
近くにいた大学生くらいの男女五人組は、胡散臭そうな眼差しでその光景を一瞥した。男から少し距離をとりつつ、そそくさと小さく寄り集まると、若干声をひそめて議論を始める。
「でも、怪盗ファントムって男でしょう? さっきの女の子じゃん」
「そうそう、それもかなり若そうだったよな。20代前半くらい?」
「モデル並みにスタイル良かったよなぁ…脚きれいだったよなぁ……」
「まあ、怪盗ファントムの真似をしたニセモノってところだろうな」
「もしかすると後継者かもよ。ほら、弟子とか娘とかさ」
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