5. 復活した幻

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「篤史、車をまわしてこい」  その貫禄のある声に反応して、誠一は美術館の方に振り向いた。  そこには、声に違わぬ佇まいを見せる初老の男性がいた。スーツを身につけた男性二人を従えて、美術館から出てきたところらしい。篤史と呼ばれた運転手らしき男性は、黒革の鞄を携えて足早に正門を出ていく。もう一方の、誠一よりやや年上と思われる男性は、黒い布で包まれた大きくて平たい何かを、大事そうにしっかりと抱えていた。  --絵画……か?  誠一は無性にそれが気にかかった。職務中でなかったため少し迷ったが、意を決して、正門をくぐり彼らの方に向かっていく。相手がこちらに気付くと、軽く一礼し、ポケットから警察手帳を取り出して掲げた。 「警視庁捜査一課の南野と申しますが」 「一課? 担当が違うのではないか?」  初老の男性は胡散臭そうに誠一の全身を見まわす。ジーンズにブルゾンという、刑事らしからぬ格好も訝しんでいるのだろう。一瞬、誠一は言葉に詰まったが、それでも引き下がりはしなかった。 「捜査権はあります。お手数をおかけしますが、中を確認させていただけませんか」  黒い布に包まれた物体を左手で示しながら、誠一は丁寧な口調で要請した。  しかし、男性は鋭い眼光で睨めつけて抵抗する。 「我々を疑っておるのか?」 「念のための確認です、ご協力を」  誠一は顔色ひとつ変えずに答えた。このくらいで怖じ気づいていては刑事など務まらない。高圧的な視線から逃げることなく、しかし挑発的になることなく、あくまで平静と中立を保ったまま見つめ返す。  張り詰めた沈黙が続いた。  それを打ち破ったのは、青ざめながら美術館から飛び出してきた中年の男性だった。 「君っ! 警察か?!」 「はい、あなたは……」  誠一は警察手帳を見せながら尋ねた。彼は少し息を整えてから答える。 「館長の中川だ。いいか、この方たちを疑うのはまったくのお門違いだ。その中身は先刻まで当方が借り受けていた絵画で、盗まれた『湖畔』ではない。私も包むところを見ている。第一、そのとき『湖畔』はすでに怪盗ファントムに持ち去られていたのだからな」 「念のための確認です、ご協力を」  融通のきかない堅物のように、誠一は先ほどと同じ言葉を繰り返した。自分の目で確認するまで納得してはならない。それが、先輩刑事の岩松から教わったことのひとつだ。
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