5. 復活した幻

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 中川館長の顔は、ますます渋いものになった。 「君……この方は、橘財閥の会長なのだぞ」  それまで動じることのなかった誠一が、途端にハッとして大きく目を見開いた。肩書きに驚いたわけではない。さすがにこれほどの大物とは思わなかったが、名のある人物だということは察しがついていた。けれど。  この人が、澪の祖父--。  よりによって、このような状況で対面を果たすことになるとは思わなかった。そもそも会うこと自体が想像もつかなかった。彼女の祖父が橘財閥会長であることは知っていたが、だからといって容易に実感など持てるものではない。しかし、今は刑事としてここにいるので、澪のことは無関係だと自分に言い聞かせる。 「ご協力をお願いいたします」 「悠人、見せてやれ」  剛三はちらりと背後に目をやって言う。  悠人と呼ばれた男性は、口元に穏やかな微笑を浮かべたまま、黒い布を上部から丁寧にめくっていく。そこから姿を現したのは、立派な額縁に入った絵画だった。ただし、盗まれた『湖畔』ではなく--。 「『其の瞳に映るもの』、所有者は我が娘の橘美咲だ」 「……失礼いたしました」  誠一は深々と頭を下げた。その絵を見たのはこれが初めてだが、話は澪から聞いたことがあった。母方の祖父は有名な画家だったらしく、少女時代の母親を描いた絵が家に飾られているのだと。中川館長の話とも矛盾はない。『湖畔』が見つからなかったことは残念だが、それよりも安堵する気持ちの方が大きかった。 「行かせてもらうぞ」  剛三は威厳のある声でそう言うと、後ろで手を組み、正門に向かって悠々と歩き出した。そのあとを、絵画を包み直した悠人がついて歩く。誠一は深々と腰を折り、去りゆく二人の後ろ姿を見送った。 「このことは、警視庁に抗議させてもらうからな」  残った中川館長が、苦々しげに顔をしかめて言い捨てる。  誠一は口をつぐんだまま再び大きく頭を下げた。間違ったことをしたつもりはないが、この場を収めるには何も言わない方がいいだろう。それでも、おそらく抗議については避けられない。その覚悟はしていた。
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