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「上手くいったんですよね?」
「少しヒヤリとしたけどね」
打ち合わせスペースで澪が身を乗り出して尋ねると、悠人は黒い布に包まれた絵画を机に置きながら、いつものように穏やかに笑って答えた。手を止めることなく丁寧に黒い布を外す。そこには、立派な額縁に入った美咲の肖像画があった。見たところ、大きな傷や汚れはついていないようだ。
「無事で良かった」
澪はほっと胸を撫で下ろした。この計画を聞いたとき、最も心配したのは肖像画のことだった。万が一、損傷するようなことがあれば、母親に申し訳が立たない。考え直すよう祖父にも進言したが、当然のように聞き入れられることはなかった。
悠人は額縁をひっくり返して裏板を外す。その中には、肖像画より一回り小さいもう一つの絵画が入っていた。布で保護されたそれを取り出し、机の上に立てると、丁寧な手つきで包みをめくっていく。
現れたのは『湖畔』だった。
篤史が美術館の灯りを落とした間に、展示室内にいた悠人が、この額縁の中へ『湖畔』を移したのだ。その後、何食わぬ顔で、肖像画ごとそれを持ち出したのである。
「きれいな絵……」
澪は率直な感想を呟いた。本物の『湖畔』を見るのはこれが初めてであり、印刷や写真ではわからなかった力強さ、繊細さ、質感、そして色の鮮やかさに、思わず目を奪われてしまう。
そんな澪の様子を見て、剛三は満足げに頷いた。
「天野俊郎の風景画は青が特徴的でな。この透き通るような、それでいて深みのある青は、彼にしか出せんと云われておる。彼の作品はどれも人気が高いが、特にこの『湖畔』は、その題材や見た目の美しさから、絵画に詳しくない者にも受けが良く、病院や公共施設によくレプリカが飾られておるのだよ」
「おじいさま、今回はどうやって返しに行くんですか?」
今度は自分が行かされるかもしれないので、澪は気になって尋ねた。
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