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「花さん、これからはずっとこの絵も一緒よ」
澪は、窓の外を眺める花に優しく声を掛けながら、絵を持った介護士を手招きして呼び寄せる。彼女は小走りで前に進み出ると、少し身を屈め、花が見やすいように絵を持ち直した。
花はぼんやりと振り向いた。
焦点の定まらない視線が彷徨う。しかし『湖畔』を目にした途端、彼女の瞳に強い光が宿った。みるみるうちに涙が溢れ、目尻からこぼれ落ちて頬を伝う。
「ああ……もう二度と会えないと思っていたのに……」
声を詰まらせてそう言いながら、おずおずと震える手を伸ばす。介護士が『湖畔』を差し出すと、花は目を細めてそれを受け取り、幸せそうに顔をほころばせて抱きしめた。
介護士は後ろへ下がってくすっと笑い、声をひそめて悠人に言う。
「本物と思っているようですね」
「そう思わせてあげてください」
「ええ、もちろんですわ」
しかし、それは決して思い違いなどではない。彼女には本物であることがわかったのだろう。子供の頃から、長い時間をともに過ごしてきた絵なのだから。そして、これからも彼女の命ある限りずっと--。
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