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「わーっ! 気持ちいい!!」
美咲が朝食をきっちり食べ終わってから、二人は甲板に出た。
まだ早い時間のためか、ちらほらとしか人がいない。美咲は麦わら帽子のつばを両手で掴み、白いワンピースをひらめかせながら、弾むように軽やかに甲板を駆けていく。
「あんまりはしゃぐとパンツが見えるよ」
「お兄ちゃんのエッチ!」
先ほどと同じ言葉を、今度は屈託なく笑いながら言う。ステップを踏むように振り返ると、腰より少し短い黒髪がさらりと潮風に舞い、白いワンピースが大きく風をはらんだ。
立ち止まった美咲に歩み寄って、大地は口を開く。
「そろそろ島が見えてくる頃かな」
「えっ、どこ?」
「あっちの方だよ」
手すりから身を乗り出した美咲の背後から、大地は大きく手を伸ばし、船の進行方向を指さした。しかし、そこには海と空が広がるばかりで、目を凝らしても島らしきものはどこにも見えない。
「お兄ちゃん、見える?」
「うーん、まだみたいだね」
大地はきまりが悪くなって苦笑した。腕時計に目を落として時間を確認すると、確かに少し早かったようである。船は白い波しぶきを上げながら着実に進んでいる。焦る必要は何もない。大地は小さく息をついて、絵に描いたような鮮やかな青空を見上げた。
美咲は手すりに置いた腕に頭をのせると、寂しげにぽつりと言う。
「お兄ちゃんとの旅行、これが最初で最後かな」
「まだ着いてもいないのに何を落ち込んでるの」
「だって……」
何か理由を言いかけて、彼女は口をつぐんだ。帽子のつばに隠れて見えないが、おそらく朝食のときに見せたような、暗く沈んだ表情をしているのだろう。大地は不思議に思って首を傾げた。
「美咲、きのうの夜のこと覚えてる?」
「えっ? 一緒に甲板で星を見たこと?」
「そう、そこで僕は美咲に話したよね」
「……何を?」
美咲はきょとんと顔を上げて尋ねる。とぼけているわけではなさそうだ。話の途中で眠ってしまったことは承知していたが、冒頭の少しくらいは聞いていたと思っていた。聞いてはいたが、忘れてしまったのかもしれない。
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