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信号が青になり、車はゆっくりと滑り出す。
澪はパワーウィンドウを下げて頬杖をついた。稲が刈り取られたあとの田圃をぼんやりと眺める。少しひんやりとした秋風が、長い黒髪をさらさらと吹き流し、火照った頬からは熱を奪っていった。
単調な走行音を聞くうちに、次第に落ち着きを取り戻す。
この車中での話がすべて嘘だとは思っていない。途中までは普通に会話をしていたはずだ。とりあえず、澪の質問にすぐに答えてくれたことから、彼女がいないというのは信じていいだろう。だけど。
剛三が結婚させたがっている話は?
澪と結婚してもいいと言ったのは?
寂しいという気持ちは?
いくら考えてみたところで、どこまでが本当なのかはわかりようがない。だが、たとえすべて本当だとしても、まわりにどう言われようとも、今さら悠人に気持ちが移ることなどありえない。あってはならないのだ。
もう流されないんだから、絶対--。
澪はキュッと唇を引き結ぶと、急に存在感の増した過去の恋心を、強い決意で片隅に追いやった。
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