238人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあ、美咲、あらためて聞いてくれる?」
「やめて、今はこの旅行を楽しみたいから……」
美咲は逃げるように視線を外すと、再び手すりに置いた腕に顔を埋めた。
先刻からどうも様子がおかしい。まるで、二人で過ごす時間は、これが最後であるかのような物言いを続けている。思い返してみれば、この数日の間にも何度か似たようなことがあった。
まさか--。
ふと頭をよぎったその考えに、大地は眉をひそめる。
先日、伯母が大地に持ってきた縁談を、父は「すでに婚約者は決まっている」と一蹴したのだ。大地自身もそれに同調している。しかし、婚約者が誰であるかについては、二人とも頑なに口を閉ざしていた。もし、美咲がどこかでこの話を耳に挟んだとしたら--。
大地は美咲の隣に並び、手すりに両手を置いて顔を上げた。
彼方まで澄み渡った青空を仰ぎながら、優しくも力強さを感じさせる口調で言う。
「花は大地に根ざして美しく咲き誇り、大地は美しい花によって潤いと彩りを与えられる」
前置きもなく発せられた詩のような一節に、美咲は怪訝に振り向き、瞬きもせず大地を見つめた。そして、真面目な顔で小首を傾げると、薄紅色の愛らしい唇を開く。「それって“美咲”と“大地”は離れられないってこと?」
「よくわかったね」
大地は満面の笑みで答えた。
美咲は顔を隠すように深くうつむくと、身を翻しながら、軽く跳ねるように後ろに下がった。泣きそうなのをこらえるような、笑おうとして失敗したような、何ともいえない微妙な表情を浮かべて、後ろで手を組み合わせる。
「ずっと一緒にいてくれるの?」
「ずっと一緒にいるよ」
最初のコメントを投稿しよう!