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それでも美咲の表情は晴れなかった。瞳を揺らしてさらに問いかける。
「私を置いていなくならない?」
「美咲をひとりにはしないよ」
「もし私がいなくなったら?」
「あれ? 美咲は忘れてるのかな? もう引退したとはいえ、これでも僕は元怪盗だよ」
大地は腰に手を当て、大きく抑揚をつけながらおどけるように言った。
まわりに人はいなかったが、たとえ誰かが聞いていたとしても本気にはしないだろう。年の離れた妹と遊んでいる微笑ましい光景としか映らないはずだ。その荒唐無稽な話が真実だと知っているのは、この船ではただひとり美咲だけである。
「でも、お兄ちゃんがそう思っていても……」
そのとき、不意に突風が吹いた。
麦わら帽子が空に攫われ、慌てて美咲はすらりとした手を伸ばす。
瞬間--。
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