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「お兄ちゃん、早く!」
「はしゃぎすぎだよ、美咲」
橘 大地(たちばな だいち)は、振り返って手招きする美咲(みさき)に目を細めながら、大きめのスポーツバッグを肩にかけてタラップを進んでいった。微かな潮風を頬に受けると、歩調を緩め、雲ひとつない青空を見上げて微笑む。
「お兄ちゃんってば!」
少しも急ごうとしない大地に、美咲は不服そうに口をとがらせた。タタタ、と軽い足どりでタラップを駆け戻ると、待ちきれないとばかりに手を引いて急かす。そのとき--。
「きゃあっ!」
後ろ向きに歩こうとしてバランスを崩したのか、彼女の体はぐらりと大きく傾いた。漆黒の髪がふわりと舞う。しかし、すんでのところで大地が抱き止め、自分の胸に引き寄せた。こわごわと顔を上げた彼女の頭に、大地はぽんと手をのせて言う。
「ほら、だからはしゃぎすぎだって」
「う、うん……」
気恥ずかしさからか、美咲は頬をほんのり染めながら、少々きまり悪そうに頷いた。しかし、すぐにニコッと笑顔を見せると、大地の隣に回り込んで手を繋ぎ、今度は二人並んで出航間近のフェリーへと歩き始めた。
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