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「もう20年以上前かな。絵画専門の怪盗がいたんだよ。鮮やかな身のこなしで、幻影のように消えたり現れたりすることから、ファントムって名前がつけられたらしいね」
「おまえたちは、その怪盗ファントムの二代目というわけだな」
遥の端的な説明のあとに、剛三は嬉々として言い添えた。
しかし、澪の理解は追いつかない。
「私たちが二代目……? 初代って誰だったんですか?」
「先ほど言っただろう、橘家が代々やっておるのだと」
「……もしかして、お父さま?」
これまでの話の流れからすると、また剛三の口ぶりからしても、その答え以外には考えられない。それでも澪は半信半疑だった。父親はどちらかといえばインドア派であり、鮮やかな身のこなしで夜を駆け巡る怪盗とは、あまりにもイメージがかけ離れている。想像がつかないのだ。
しかし、剛三は当然のように頷いて話を続ける。
「さよう、ファントムと名付けたのはどこぞのマスコミだったが、大地がえらく気に入ったようで、そのうち自らファントムと名乗って大々的に予告状を出すようになったのだ。私はそこまでするつもりはなかったのだがな」
そのときの状況が目に浮かぶようで、澪は妙に納得してしまい、思わず小さく肩を竦めて苦笑した。確かに父親には調子に乗りやすいところがある。大人になった今でもそうなのだから、若かりし頃であればなおのことだろう。
「美咲とも、怪盗ファントムの活動が縁で出会ったのだぞ」
「そういえば、お母さまの亡くなった父親は画家って……」
「そう、その相沢修平が亡くなったとき、未発表の遺作である娘の肖像画を、悪質な美術ブローカーが騙し取ってな。それをワシらが取り返してやったのだ。おまえたちも知っているだろう、大階段に飾ってあるあの絵だよ」
剛三の言う大階段の絵は、この家の人間ならば誰しも日常的に目にしているものである。描かれているのが美咲の少女時代であることも周知の事実だった。しかし、そのような劇的な逸話があったことは、少なくとも澪はこれまで知らなかった。
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