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「ファントム、つまり大地が、美咲のところへその絵を返しに行ったのが、二人の最初の出会いでな。月下の淡い光に包まれながらベランダに降り立った大地は、驚く美咲に絵を手渡すと、黒のマントを大きく翻し夜空に舞い戻っていったのだ。その後、ファントムを追ってきた刑事が美咲に言った。ヤツはとんでもないものを盗んでいきました、それはあなたの心です!」
剛三はこぶしをグッと握りしめ、前のめりになって熱く語った。しかし澪は、どこかで耳にしたようなその話を聞きながら、醒めた目を向けて胡散臭そうに言う。
「おじいさま、話を作ってません?」
「だいたい合っとるわい」
剛三はぶっきらぼうに答える。
その後ろで、秘書の悠人は声を立てず控えめに笑っていた。そこからは、何もかも知っているかのような、それを楽しんでいるかのような、そんな余裕が感じられる。
「師匠はご存知だったのですか?」
「僕はファントムの影武者だよ」
「えっ?!」
突然なされた衝撃の告白に、澪は素っ頓狂な声を上げた。
だが、言われてみれば、十分に考えられる話である。大地と悠人は同じ年齢で、背格好もよく似ており、そして、何より悠人は様々な武術を修得している。ファントムの影武者にこれほどの適任はいないだろう。
隣で、遥は呆れたように溜息をついた。
「代々ってことは、じいさんもやってたんだね」
「無論だ。もっとも私は怪盗ではなくただの泥棒だったがな。そもそも私が始めたことなのだよ。おまえたちは怪盗ファントムとしては二代目だが、絵画泥棒としては三代目ということになるな」
結局のところ、すべては剛三の独断だったようだ。ほとんど趣味といってもいいかもしれない。強引ではあるものの行動力と決断力がある、というのが世間での評判だが、ありすぎるのも困りものである。
「それくらいじゃ、代々っていうほどでもないと思うけど」
「これから脈々と受け継がれていく予定になっておる。おまえたちが歴史と伝統を作っていくのだよ。どうだ、わくわくするだろう?」
冷ややかな遥とは対照的に、剛三は子供のように浮かれていた。
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