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剛三の書斎を後にした澪と遥は、並んで長い廊下を歩いていく。澪はまだ気持ちの整理がつかず、浮かない面持ちで考え込んでいたが、遥はふと何かを思い出したようにくすっと笑った。
「澪が昔よく言ってたこと、当たらずとも遠からずだね」
「え? 何だっけ?」
「私たち雑伎団に売られるよ、って」
小さな子供の頃から強制的に様々な武術や体術を習わされ、しかし何の大会に出ることも許されず、澪はそのことに大きな不信感を抱いていた。そして、子供なりに考えた結論が「雑伎団に売られる」だったのだ。ことあるごとに遥にそう言っていたが、当時は全く取り合ってくれず、いつも軽く聞き流されていた。もっとも、澪の方も、成長するにつれてそんな考えは消えていき、今となってはすっかり忘れていたくらいである。
「別に雑伎団に売られるわけじゃないでしょう?」
「下心があったって意味では似たようなものだよ」
確かに、武術を習わせていた目的が、怪盗ファントムにあることは間違いないだろう。ふたりの師匠はその影武者をやっていた悠人なのだ。最初から二代目育成という計画に基づいて進めてきたと考えるのが自然である。
「怪盗かぁ……いろいろ驚きすぎちゃって、まだちっとも現実感がないよ。自分にはまったく縁のない世界だと思っていたのに、おじいさまはともかく、お父さまや師匠までそんなことをしていただなんて」
「じいさんは言い出したら聞かないから、父さんたちも仕方なくやることになったんじゃないかな。さっきの澪みたいにね」
歩みを止めることなく、遥は淡々と語った。その声からはほとんど感情が窺えない。澪は長い黒髪をさらりと揺らして覗き込むと、小さく首を傾げて尋ねる。
「遥はどうだったの? 嫌じゃなかったの?」
遥はちらりと視線を流し、僅かに口もとを綻ばせた。
「ここだけの話、僕はちょっと怪盗ファントムに憧れてたんだよ。活躍してたのは生まれる前のことだから、もちろんリアルタイムでは知らないけど、昔の新聞や本でそのときのことを読んでね」
めずらしく嬉しそうに語るその姿を見て、澪は乾いた笑いを浮かべて脱力した。聡明な彼が怪盗になることを了承したのは、もしかしたら何か深い考えがあってのことではないか??と勘ぐっていたのだが、実際は呆れるくらい子供っぽい理由だったのだ。
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