238人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも、怪盗ファントムって名前は間抜けだよね」
遥はそう言いながら、赤絨毯の引かれた大階段を降り始める。
「どうして? 私はそんなに悪くないと思うけど」
「英語だと Phantom the phantom thief だよ」
「え、そうなの?」
澪は思わず聞き返した。
父や祖父はこのことを知っていたのだろうか。気にはなったが、下手をするとややこしいことになりかねないので、二人には、特に剛三には黙っておいた方がいいだろうと思う。
「ねえ、遥、おじいさまにはその話……」
「わかってるよ。面倒は御免だからね」
遥も同意見だったのか、当然とばかりに軽く流した。そして、広い踊り場に降り立つと、その中央で足を止め、壁側に向き直って視線を上げる。
「この絵だよね、父さんが取り返した母さんの肖像画」
「うん……」
澪もその隣に並んで立ち、同じく肖像画を見上げて頷いた。
そこには10歳くらいの少女が描かれていた。可愛らしく上品な白のドレスを身に纏い、正面を見据え、破れたテディベアを抱えて椅子に座っている。肌は透き通るように白く、腰まである髪は艶やかな漆黒で、同じく漆黒の瞳には、子供とは思えないほどの鋭く理知的な光が宿っている。
「知ってる? 少女の無垢な狂気が描かれているって評論があったこと」
「モデルの子供が実在してるのに、狂気っていうのもひどい話だよね」
肖像画を仰ぎ見たまま、遥は小さく笑いを含んだ声で言う。澪もつられるようにくすっと笑うと、後ろで手を組み、大きく息を吸い込みながら背筋を伸ばした。
「でも、何となくわかるなぁ。絵じゃなくて、お母さまの狂気ね」
「どういうこと?」
遥はきょとんと振り向いて尋ねる。
「16になってすぐに結婚して、高校を休学することなく私たち双子を産んで、それから日本最高峰の大学に現役合格。そして今はノーベル賞に一番近い日本人といわれる研究者。何だか凄すぎて狂ってるとしか思えない、なんてね」
最後におどけた口調でそう付け加え、澪は肩を竦めて見せた。
遥もふっと表情を緩めて言う。
「高校の方は学校側の特別な配慮があったんだろうけど、母さんが凄いのは間違いないよね。狂ってるっていうのはさすがに言い過ぎだと思うけど」
最初のコメントを投稿しよう!