1. 怪盗ファントム

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「でも、怪盗ファントムって名前は間抜けだよね」  遥はそう言いながら、赤絨毯の引かれた大階段を降り始める。 「どうして? 私はそんなに悪くないと思うけど」 「英語だと Phantom the phantom thief だよ」 「え、そうなの?」  澪は思わず聞き返した。  父や祖父はこのことを知っていたのだろうか。気にはなったが、下手をするとややこしいことになりかねないので、二人には、特に剛三には黙っておいた方がいいだろうと思う。 「ねえ、遥、おじいさまにはその話……」 「わかってるよ。面倒は御免だからね」  遥も同意見だったのか、当然とばかりに軽く流した。そして、広い踊り場に降り立つと、その中央で足を止め、壁側に向き直って視線を上げる。 「この絵だよね、父さんが取り返した母さんの肖像画」 「うん……」  澪もその隣に並んで立ち、同じく肖像画を見上げて頷いた。  そこには10歳くらいの少女が描かれていた。可愛らしく上品な白のドレスを身に纏い、正面を見据え、破れたテディベアを抱えて椅子に座っている。肌は透き通るように白く、腰まである髪は艶やかな漆黒で、同じく漆黒の瞳には、子供とは思えないほどの鋭く理知的な光が宿っている。 「知ってる? 少女の無垢な狂気が描かれているって評論があったこと」 「モデルの子供が実在してるのに、狂気っていうのもひどい話だよね」  肖像画を仰ぎ見たまま、遥は小さく笑いを含んだ声で言う。澪もつられるようにくすっと笑うと、後ろで手を組み、大きく息を吸い込みながら背筋を伸ばした。 「でも、何となくわかるなぁ。絵じゃなくて、お母さまの狂気ね」 「どういうこと?」  遥はきょとんと振り向いて尋ねる。 「16になってすぐに結婚して、高校を休学することなく私たち双子を産んで、それから日本最高峰の大学に現役合格。そして今はノーベル賞に一番近い日本人といわれる研究者。何だか凄すぎて狂ってるとしか思えない、なんてね」  最後におどけた口調でそう付け加え、澪は肩を竦めて見せた。  遥もふっと表情を緩めて言う。 「高校の方は学校側の特別な配慮があったんだろうけど、母さんが凄いのは間違いないよね。狂ってるっていうのはさすがに言い過ぎだと思うけど」
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