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「んー……でも、殺人事件の担当みたいだから、怪盗の捜査はしないんじゃないかな」
多少の不安を感じないでもなかったが、澪は心配ないとばかりに努めて明るく答えた。誠一と別れるなど考えられない。それほど軽い気持ちで付き合っているわけではないのだ。
「ね、遥はまだ好きな子いないの?」
「いないよ」
遥の答えは、いつもと変わらない淡泊なものだった。はっきりとは言わないものの、彼がこの手の質問を快く思っていないことはわかっている。それでも、今日の澪は引き下がらなかった。
「じゃあ、富田とかどうかな?」
「……なに言ってんの?」
遥は思いきり訝しげに眉をひそめた。その反応ももっともである。なぜなら、富田は遥と同性の男なのだ。
「だってほら、アイツいつも言ってるじゃない? 同じ顔なら私より遥の方がいいって」
「そんなこと真に受けてるの澪だけだよ」
人差し指を立てて明るく言う澪に、遥は呆れた目を向けた。しかし、澪はふざけているわけでも、冗談のつもりでもなかった。今度は、慎重に考えながら言葉を繋いでいく。
「別に富田と恋愛しろってわけじゃなくてね……親友とか、自分にとって頼りになる存在がいた方がいいんじゃないかなって。富田とは幼なじみで友達だけど、親友ってほど心を許してないでしょう? まあ、富田でなくてもいいいんだけど、誰かひとりくらいはそういう人がいた方がいいよ」
「余計なお世話。誠一、待たせてるんじゃない?」
「あっ!」
澪は口もとに手を当てて声を上げた。そして、慌ただしくじゃあねと手を振ると、母親譲りのしなやかな黒髪をなびかせながら、一段とばしで大階段を駆け下りていった。
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