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「南野誠一サン」
聞き込みを終えて警視庁へ戻ろうとしていた誠一は、背後から名を呼ばれ、隣の岩松警部補とともに振り返った。街中でフルネームを呼ばれるなど、そうそうあることではない。事件の関係者だろうかと思ったが、そこに立っていたのは、ブレザーの制服を正しく着こなし、学校指定のスクールバッグを肩に掛けている、見知った高校生の少年だった。
「遥クン、どうしたんだ?」
誠一は少し目を大きくして尋ねた。彼は、付き合っている恋人の兄であり、何度か挨拶を交わしたことはあるが、個人的に話したことは一度もない。なのに、いきなり何の用だというのだろうか。彼の自宅や学校から離れていることから考えても、偶然ではなく、待ち伏せしていた可能性が高いと思われる。
しかし、遥が答えるより先に、岩松警部補がひょっこりと横から割り込んできた。厳つい大きな体を屈め、愛嬌のある笑顔で人なつこく尋ねる。
「確か、キミは澪ちゃんの弟だったかな」
「兄です」
遥は無表情のまま訂正を入れた。そして、ペコリと頭を下げて続ける。
「その節は妹がお世話になりました」
「いやいや、お世話になったのはこっちの方さ。あそこにいたのが澪ちゃんじゃなかったらと思うとゾッとするよ。俺たちにとっちゃ、いくら感謝してもしきれない恩人だ。おかげでこいつの首も繋がったしな」
岩松警部補は白い歯をこぼしながら、節くれ立った手で誠一の頭を鷲掴みにし、ガシガシと乱暴に撫でまわした。硬めの黒髪が逆立ちボサボサになっていく。誠一は自分の失態を蒸し返された居たたまれなさに、為すがまま、ただぎこちなく苦笑するしかなかった。
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