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「それで、遥クン、南野に何か用なのか?」
岩松警部補が覗き込んで尋ねると、遥は誠一を小さく指さしながら言う。
「少し相談したいことがあるので、お借りしてもいいですか?」
「ああ、構わんぞ。だが、遅くならないうちに返してくれよ」
「ちょっと、勝手に決めないでください!」
おおらかに笑って答える先輩に、誠一は抗議の声を上げた。借りるだの返すだの、物扱いされていることも気に入らない。しかし彼は宥めるように、それにしては少し乱暴に、誠一の頭をボンボンとゴムまりのように叩く。
「職務じゃないとか堅いこと言わずに、話くらい聞いてやってもいいだろう。あの橘財閥のご子息なんだぞ? おまえの首くらいなら軽く飛ばせるかもしれん。粗末に扱ってあとでどうなっても知らんからな」
冗談めかした口調でそう言うと、カラリと笑顔を見せて右手を上げた。
「じゃあな、俺は先に戻ってる」
「自分もすぐに戻ります!」
立ち去っていく広い背中に、誠一は慌てて声を張り上げる。
「ゆっくりしてきていいぞー」
岩松警部補は左手をポケットに突っ込んだまま、振り返ることなく、もういちど右手を上げてひらひらと振った。頼りになるはずの背中は、無情にも誠一を置き去りにして遠ざかっていった。
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