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「気をつけるんだぞ」
「わかってる」
遥はそう答えると、漆黒の瞳を細めてふっと微笑んだ。
瞬間、誠一は息を呑む。普段の無表情ではあまり思わないが、微かに綻んだその顔は、澪と重なって見えるほどよく似ていた。顔立ちや表情だけでなく、身長も体格もほとんど変わらないため、なおさらそう感じるのかもしれない。
「……何?」
「え? いや、えっと……」
遥に訝しげに眉をひそめて尋ねられ、誠一は狼狽して口ごもった。まさか本当のことを言うわけにはいかないだろう。彼にはもちろん、澪にも、誰にも、そんな誤解を招きそうなことは知られたくない。
「そうだ、何か話があったんじゃないのか?」
「ああ、うん、澪と別れてもらおうと思って」
一瞬にして、誠一の愛想笑いは凍り付いた。あまりにも軽い口調だったので、何かの冗談ではないかと思ったが、彼は少しも笑っていなかった。それどころか、静かに挑むような目を向けている。
「……随分はっきりと言ってくれるな」
「まわりくどいのは好きじゃないから」
「とりあえず、理由を聞かせてもらおうか」
誠一は出来うる限り冷静に尋ねた。本人に内緒で別れさせようとするなど、随分と卑劣な行為であるが、感情的になるのは大人としての態度ではない。彼が間違った行動をとっているのなら、自分が諭さねばならないだろう。そう思っていたのだが--。
「29歳のオトナが、17歳のコドモと付き合っていいわけ?」
「うっ……」
言葉を詰まらせた誠一に、遥は冷ややかな顔をして畳み掛ける。
「付き合い始めたのは、16になりたての頃だったよね?」
「あ、ああ……まあ……」
「マズいんじゃないの?」
澪とそっくりの白くきれいな顔立ちで、蔑むような冷たい目を向けられて、誠一の全身から冷や汗が噴き出した。額から頬へと伝い落ちていく。それでも引き下がることなく、強気に視線を返して胸を張った。
「いや、俺たちは真剣に付き合っている。何の問題もないはずだ」
「そう……」
遥は顔色ひとつ変えず無感情に相槌を打つと、突然、ボクシングのレフェリーが勝者にするように、その場で誠一の手首を取って高々と掲げた。
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