2. 不条理な要求

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「気をつけるんだぞ」 「わかってる」  遥はそう答えると、漆黒の瞳を細めてふっと微笑んだ。  瞬間、誠一は息を呑む。普段の無表情ではあまり思わないが、微かに綻んだその顔は、澪と重なって見えるほどよく似ていた。顔立ちや表情だけでなく、身長も体格もほとんど変わらないため、なおさらそう感じるのかもしれない。 「……何?」 「え? いや、えっと……」  遥に訝しげに眉をひそめて尋ねられ、誠一は狼狽して口ごもった。まさか本当のことを言うわけにはいかないだろう。彼にはもちろん、澪にも、誰にも、そんな誤解を招きそうなことは知られたくない。 「そうだ、何か話があったんじゃないのか?」 「ああ、うん、澪と別れてもらおうと思って」  一瞬にして、誠一の愛想笑いは凍り付いた。あまりにも軽い口調だったので、何かの冗談ではないかと思ったが、彼は少しも笑っていなかった。それどころか、静かに挑むような目を向けている。 「……随分はっきりと言ってくれるな」 「まわりくどいのは好きじゃないから」 「とりあえず、理由を聞かせてもらおうか」  誠一は出来うる限り冷静に尋ねた。本人に内緒で別れさせようとするなど、随分と卑劣な行為であるが、感情的になるのは大人としての態度ではない。彼が間違った行動をとっているのなら、自分が諭さねばならないだろう。そう思っていたのだが--。 「29歳のオトナが、17歳のコドモと付き合っていいわけ?」 「うっ……」  言葉を詰まらせた誠一に、遥は冷ややかな顔をして畳み掛ける。 「付き合い始めたのは、16になりたての頃だったよね?」 「あ、ああ……まあ……」 「マズいんじゃないの?」  澪とそっくりの白くきれいな顔立ちで、蔑むような冷たい目を向けられて、誠一の全身から冷や汗が噴き出した。額から頬へと伝い落ちていく。それでも引き下がることなく、強気に視線を返して胸を張った。 「いや、俺たちは真剣に付き合っている。何の問題もないはずだ」 「そう……」  遥は顔色ひとつ変えず無感情に相槌を打つと、突然、ボクシングのレフェリーが勝者にするように、その場で誠一の手首を取って高々と掲げた。
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