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「…。悪趣味ね。指輪の刻印見たの?」
アレには紗那の名前がローマ字で彫られていた。
「ねえ、寒いしさ、あそこに入ろうよ。」
男は数百メートル先にある建物を指差した。
そこは紗那も時々仕事帰りに利用する、比較的夜遅くまで開いている私設図書館。
確かにキンと冷える空気に体温が急激に奪われていたから、建物の窓から漏れるオレンジ色の暖色が誘っているように見える。
だけどそれは、知らない男と行くにはあまりにも理由がない。
断るために息を吸い込む。
ところが紗那の喉から音が発せられる前に遮られた。
「少し話そうよ。」
言うが早いか、男は紗那の手をとって歩き出した。
半ば強引に。
振り払おうと手に力を入れるとさらに強い力で引っ張られる。
驚く紗那に男は振り返り言った。
「あ、ナンパじゃないから。」
ニヤリと笑った顔が紗那を諦めさせた。
まあ、いいか。
何かするような男でもなさそうだし、しかも図書館だし。
手を引かれたまま私たちは暖色の古い建物へと足を踏み入れた。
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