148人が本棚に入れています
本棚に追加
『Blue bird』での単独ライブは中止になった。
今現在での俺達の力は、まだそれだけのものだったんだ。
でも、くさってる奴はいない。
『Blue bird』のオーナーから、やる気があれば遠慮なくまた来い、と言われて、
逆に、皆の中に、新たな目標と自信が湧いてきている。
前売りしていたチケットは、各自で責任もって、売り先に返金しに行くことになった。
俺達は今までどおり、昼はバイトしながら、夜は練習に合同ライブにと、忙しくしている。
麻衣はあれ以来、しばらく個人的には口もきいてくれなかったが、ある日珍しく、俺を呼び止めた。
「亮の実家、チケット代返しに行ってきた。
ちょうどお父さんもお母さんもいてさ、二人とも残念がってたよ」
「……残念がってた?」
「悔しいから黙ってたけどさ、お母さんなんか、躍り上がって喜んでたんだ、チケット売りに行ったとき。
こっちはあの時怒り心頭でさ、無理矢理大量に売り付けてやるつもりで乗り込んだのに、
『何着て行こうかしら、ドレスコードとかあるの?』ってはしゃいで。
ちょっとあの天然具合、美鶴に似てるよね。
なんであんな両親から、亮みたいな冷血人間が生まれたんだか」
「……うるせーよ」
「お母さん、最初はヴァイオリンやってたんだってね」
初耳だった。
あの人は、生まれながらのピアノ弾きなんだと思っていた。
「でも、なんかヒステリックな音しか出せなくて、ピアノのソフトな音に惹かれてしかたなかったって。
ソフトなのに、弾きかた次第で激しくも重々しくもなるのがたまらなくって、のめり込んだって言ってた。
自分じゃものにできなかった弦楽器を、亮がやってるのが嬉しい、ってさ。
伝えてくれって頼まれたから、一応伝えた」
母親の、ピアノと一体化するような弾きかたが浮かんだ。
自分がギターの和音に惹かれたような一瞬を、母親も経験していたなんて。
どこか、こそばゆいような気持ちで、アパートに帰った。
あれから、夕食はなるべく帰ってから、美鶴と一緒に食べることにしている。
「お帰り~。あ、今日なんかいいことあったでしょ? 顔が違うもん」
「うるせーよ……まあ、ちょっとな。久しぶりに麻衣と話した」
「あ、麻衣ちゃん、やっと話したんだ。もう~麻衣ちゃんも意地張っちゃって」
やっぱり知ってたか。ホントにツーカーだな。秘密なんてありゃしねえ。
麻衣は棚の引き出しから、どこかで見たような封筒を取り出してきた。
「じゃ、はい!」
「……なにコレ」
「え? 麻衣ちゃんから聞いたんじゃないの?」
「いや、俺の母親のヴァイオリンの話は聞いたけど」
「ありゃ……麻衣ちゃんも素直じゃないなぁ。
これね、チケット代。お父さん、返金を受け取らなかったんだって。
自分で亮くんに返すのは癪だから、私から返しといて、って麻衣ちゃんに渡されたの」
翌日俺は、家を飛び出してから初めて、実家に戻った。
チケットの代金を、改めて返金するつもりで。
最初のコメントを投稿しよう!